禁教令時代のキリシタン処刑場所と伝承

大東市・四條畷市

禁教令時代のキリシタン処刑場所と伝承

大東市深野5丁目に野々宮神社(八幡宮)があります。野々宮神社の社の前に建つ2基の灯篭はキリシタン灯篭と伝えられています。この辺りは深野池時代には湖畔に突き出した場所でした。

野々宮神社は弾圧の際にキリシタンが処刑された場所であったといわれている所で、残ったキリシタンが社を建て、灯篭を祀り、弾圧の目をそらし信仰を守ろうとしたのではと言われています。

この神社は5軒の家で管理されてきました。そのうちの1軒の旧家の伝承によれば「当家で最も重要な場所は、三箇城、野々宮神社、八幡山である」といわれてきたそうですがその意味を理解しかねていたそうです。

八幡山は(野崎観音本堂の北にある山)多くのキリシタンが処刑された場所ですが、キリスト教の教説では正三角形は、「父・子・聖書」なる三位一体の神を表すシンボルであり、

三箇城・八幡山・野々宮神社は地図上で正三角形の位置にあるという解釈があります。

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